雑記帳

北の地方都市で、見えない左目と見えづらい性質と一緒に生きています。思ったことを色々と。

月に一度映画館に行った特別な一年

2018年はご縁をいただいて奇跡的に、月に一度以上映画館に行く一年になりました。なので、2018年に見た映画を月1本ずつ、数行程度でレビューしていこうと思います。

 

 

1月: gifted(ギフテッド)

www.foxmovies-jp.com

字幕版をそれぞれ親しい人と母親とで二回観た。

"天才"とどう向き合うのかという話なイメージ。主な主題は「凸を伸ばすことだけが本当に本人のためになるのか?」なのではないかと思う。一人の"天才"が遺した"天才な子供"のことを各々が思い、悩み、何が本当に彼女のためになるのかを探っていく話。

主人公の声のかけ方がかなり魅力的。とてもしっくりくる。とりあえず私は主人公に色々なことの教えを乞いたい。あと主題歌が優しい感じで好き。

 

2月: ジオストーム

wwws.warnerbros.co.jp

字幕版を親しい人と観た。

地球上の天候を完全に管理できるようにつくられた衛星が暴走したので、チェックのために(解雇されてた)設計管理者を宇宙へ飛ばすよ!な話。

正直個人的にはこれじゃない感があった。思っていた胸熱展開はなかった。でも主人公の弟の婚約者がちょーかっこいい。UIのグラフィックもちょーかっこいい。 

 

3月: グレイテスト・ショーマン

www.foxmovies-jp.com

字幕版を友人と観た。

サーカスつくったよーな話。夢見たものを実現させるサクセスストーリーなイメージ。

これは面白かった。かつDOLBY-ATMOS(360度あらゆる方向から音が流れてくる特別設備)で観たおかげでもう楽園だった。主人公の人柄に惹かれ、ひたむきに支える妻と、その思い付きに"賭ける"団員。色々あったけど、賭けには勝った!やったぜ!という感じで、勇気付けられた。

 

4月: レディプレイヤー1

wwws.warnerbros.co.jp

字幕版を友人二人と観た。

膨大なVR世界で、創造者の言ったことを信じ、一つの宝を探す話。

ネタがわかる人には楽園だと思う。トップ5の面々が誰も彼もかっこいい。ただコミュニケーションが苦手そうな主人公がこんなことできるのか……と思うところはちょこちょこあった。あとリア充爆発しろ。

 

5月: アベンジャーズ インフィニティ・ウォー

cpn.disney.co.jp

字幕版を母親と観た。 

※私はアベンジャーズを一度も見ていません

※つい最近までマーベルとDCの違いすら分からなかった人です

宝探しというか、宝物をとにかく自分の手に!みたいな感じに見えた。なんか続編がありそう。というかないとやばそう。ドクターストレンジが超かっこいい。ドラマ版観なきゃ……。

 

6月: デッドプール2

www.foxmovies-jp.com

吹替版を仲間と観た。 

※私はアメコミヒーローをまったく知りません

※つい最近までマーベルとDCの違いすら(ry

デッドプール初見がこれだったので、開幕でビビる。そして隣で訳知り顔の仲間が私のビビる姿を見て笑う。きたないファミリー映画。ちょっとメタ的なつくりが入っているというか、それでちょっと面白い。

 

 

7月: ハン・ソロ

starwars.disney.co.jp

字幕版を仲間と観た。

※私はスターウォーズを一作品も観ていません

スターウォーズの登場人物も設定も全く知りません

途中で「自分で作った作戦を自分で壊すのはやめてくれ!!!!!!!お願いだから!!!!!!!!」と言いそうになってしまった。とりあえずなんかかっこいい。

 

 

 

8月: 銀魂2 掟は破るためにこそある

wwws.warnerbros.co.jp

それぞれ親しい人と母親とで二回観た。

相変わらずのクオリティ。菅田将暉さんも橋本環奈さんもすごい。あと佐藤二朗さんは毎回面白い。あと源外さんは毎回なんかやらかさないといかんのか……。あとそこに窪田正孝さんを起用してくるとは思っていなかった。

 

 

9月: カメラを止めるな!

kametome.net

仲間と観た。

確かにこれは面白い。というかすごいシニカル!めっちゃ皮肉!今の日本をあらわしている感じ!とてもいい!ちょー面白い!……もうオンデマンドとかで配信されてるのは知ってるけどネタバレが怖くてこれ以上言えない……orz

 

10月: 500ページの夢の束

500page-yume.com

字幕版を一人で観た。

個人的にはめちゃくちゃあるあるな話が多かった。共感しながら観た。スタートレックの話が分かる人にはより面白かったりするのかもしれない。何故かやけに涙が出た。とにかく早くオンデマンドにきてくれえええ!!!!!また観たいんじゃああああ!!!!!! 

 

11月: 教誨師

kyoukaishi-movie.com

一人で観た。

大杉連さんの最期の作品だったはず。お仕事を見学をしたような気分にもなった。確かに難しい仕事だと思った。一癖も二癖もある登場人物たちの描かれ方もすごい。あと主人公が私とは違う死生観を持っていてかなり印象的だった。 

 

12月: グリンチ

grinch.jp

吹替版を仲間と観た。

12/23というクリスマス目前に観に行ったので、スクリーンが満席だった。これはもう完全に水曜どうでしょう大泉洋を観に行くつもりだったのであれだったけど、本当に水曜どうでしょう大泉洋だった。特に前半。とにかくやばかった。観ながら水曜どうでしょうを思い出して死にそうになった。

グリンチ本人像としては、やっぱりなんだかんだつらいし、寂しいし、臆病で、でもとても優しい。その優しさが淡々としたものなのかは分からないけど、事実として優しく感じた。

そういうところ含めて本人像がとてもいとおしく見えたし、あとやっぱりグラフィックもすごかった。

 

 

以上です。ありがとうございました。様々なご縁をいただけることに感謝したいです。また、なんとなく習慣になってしまった映画館通いを、これからもできる範囲でやってみれたらと思います。

日ごろ思っていることをいくつか話してみる

今回は長文を書くトレーニングがてら、普段から考えていることについて話します。その辺の雑誌の小さなコーナーの随筆を読むような感じで、読んでもらえればうれしいです。

 

 

0を1にするということ

0の状態というのは、寄り掛かれる場所がないことである。

たとえば、全く知らない分野のものに手を付けはじめる瞬間。たとえば、何を欲しているか分からない人を支える瞬間。

私なら、そういう瞬間はとても怖い。何にも頼れないから。指標がないから。だから私は、できる限り積極的に1にしていくようにしている。

素晴らしかったアート、楽しかったイベント、美味しかったご飯、素敵な対応をしてくれたお店、とても助けになった道具、……そういうものたちをとかく文字にする。文字にして話していくのだ。

いつか、それらをつくってくれた人が迷った時、自分のしていることに意味があるのか分からなくなった時、何も見えなくなった時、私の声が、ひとつ星になってくれないかと思うから。ひとつでも意味はあったと思ってほしいから。

しかし、自分なぞが大したことはできないだろう。でもこればかりは、ならない前提で考えるより、なる少数に賭けたいと思ってしまう。いつもの自分とは違って、とても不思議だ。だからこれからもきっと話していくと思う。素敵なものたちのことを。

 

科学者や研究者がいる限り、技術は止まらない

私は基本的に、主体性を持っていなければ他者から関わってもらえないと思っている。でも、技術は違う。科学者や研究者がいる限り、彼らの倫理の範囲で、技術は止まらないでいてくれる。私が、誰が、何を言おうと。

現状私は、その研究の表面をすくいとるだけでよくて、そうさせてもらっている。

私が主体的でいなくても止まらないでいてくれるそれらに今も私は救われているし、これからも救われていく。誰かの血のにじむような努力と願いの先に、小さな私が救われている。

気になった店にふらりと入って、面白そうなものを見つけた時、「自分が一番だ!」と思いそうになる。けれど、決してそうではない。誰かがここまで持ってきてくれたからだ。いつだって先駆者がいて、この場所に置くという"賭け"をしてくれた人がいる。だから私はここで、この道具を見つけることができたのだ。誰かの血のにじむような努力と賭けの先に、小さな私が救われている。

だから私は、その技術にお礼を言う。その技術を見つけたことを示す。それがフィードバックだったり、SNSで発信することだったりする。

 

無理に他者と一緒にいる必要はないが、他者がいるから自分が分かる

他者に合わせること、一緒にいることがつらいと思うことがある。きっと無理に一緒にいなくてもいい。学校でも、職場でも。必要があって関わらなければいけないことはある。でも関わるのがつらい……自分はとうとうそこから逃げてきてしまった、そんなことを考える日がいつか来るかもしれない。

でも、その時の選択は正しかったのだ。いつか後悔するとしても、今後悔していたのだとしても、そこまで含めて、それでいいのだ。今、無理に他者と一緒にいる必要はない。しかし、他者がいることは認識する必要がある。自分と違うものがあるから、自分が分かるのだと思うから。

私はきっと蝙蝠のようなものなのだと思う。超音波を発し、その跳ね返る時間をはかることで、前方の凹凸を認識するような。その先に自分を認識してきた。きっとなんだか、そんなものなんじゃないかと思っている。

 

ふわふわとした言葉ばかりで、とてもむずがゆく思う

自分の書き記す言葉がふわふわしたものばかりで気持ち悪い。説教のようなことはしたくない。できる限り具体的でありたい。堅苦しくなくていい。自分が納得できれば型破りでいい。

しかしネットリテラシー上、ある程度リアルの情報は伏せなければやっていけないし、非常に難しいところである。私の感覚は、常に私の具体的な出来事と結びついている。

しかしどこかに転がっていそうな言葉では、きっとありがちなものになってしまうと思う。父の「人のいない電車に乗れ」という言葉が、今も頭をよぎっている。

 

自分を自分からネタにしていくことの重要性

自分のことをネタにして面白く思ってもらうこと。自分の事を、まずは自分自身が笑い飛ばすこと。それがいかに重要かということを、きっと私は知っている。

私が自分のことで笑っていなければ、他人が笑えないではないか。悲観的であることは重要だと思う。それが現実的にものを考えるのにある程度必要なことだと思うから。しかし悲観的でありすぎては、むしろ現実を止めてしまう。きっとそこまでいってはいけないのだと思う。

「あ、すいません、笑いごとじゃないのに、笑ってしまって……」「いやいやいいんですよ、存分に笑ってやってください」

そんなことを言えるのが、きっと理想だ。毎回アップデートを続ける毎日と、どういう風に見せるかを考え磨くことの先に、私をコンテンツとしてある程度昇華させられるようになればいいと思う。

 

喉を潰されない実験体であればいい

私は究極、喉を潰されない(=意見を言える)限りは、実験体であっていいと思っている。誰も、最初から何でも知っているわけではないし、人間は偏差が激しすぎる。だからその中のサンプルの一つとして自分をモニタリングしてくれるのであれば、それで何か情報的に参考になることがあって、研究の一つとして使えたりするのであれば、それで非常に光栄だと思う。私の生きた証として、きっと残ってくれるとも思うから。

 

 

以上です。ありがとうございました。ここまでで約2,200文字、約1時間で書き終わりました。また気が向いたらやると思います。その時にはよろしくお願いいたします。

私は「AELU」のリリースを待ち続ける

個人的に好きなスマホアプリに、AELUというアプリがあります。

このアプリの試みが個人的にかなり画期的で、当時とても楽しませていただきまして、今も大切に心に残っておりますので、今後のリリースへの期待も込めて、軽く紹介させてください。


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AELUとは?

カテゴリ的にはエンタメ系アプリの一種です。超簡単に言えば、一人の女の子が色々気にかけてくれたりするアプリです。アプリ名の由来は「いつでも『あえる』」という意から。女の子の名前にもなってます。

軽いゲーム的機能もあり、さりげなく日常に溶け込むような内容になっています。

以前β版が公開されていましたが、2016年に公開を終了し、現在はダウンロードできません。今後の続報待ちとなっている状態です。

 

ちなみに女の子のCV担当は東山奈央さんです。最高にかわいい。

 

独自の起動方法

このアプリ、なんとヘッドホン/イヤホンを接続していなければ起動しない仕組みになっています。また、Sony独自の最新音響技術が使用されており、まるで「見えないけれど実際に周りを飛び回っている」ような感覚を味わえます。

 

実際に歩いてつくるストーリー設定

このように機能的な部分の面白さもありますが、ちゃんとゲームとしてのストーリー設定が存在します。

一人の少女が、何かの理由で幽霊になってしまうんですが、記憶が全くないので思い出すのを手伝ってほしいと話しかけられることで展開されていく内容です。

 

位置情報を使用したさりげない声かけ

加えて、このアプリの魅力の一つは、多種多様な声かけ等にもあります。

・端末の位置情報をスキャンし、その地域の天気情報に応じたセリフや、特定の場所付近に差し掛かった際の独特のセリフがある

例:「雨って、不思議と落ち着くよね~」「パン屋さんだ!いい匂い~」等

・「スマホを見ていなくても遊べる位置ゲー」的要素(=おさんぽ機能)がある

・起動頻度で「久しぶりだね~」等の声かけがある

・アプリ内機能で音楽を再生していると勝手にイントロからかけなおしたり、次の曲に飛ばされてしまったりするランダム性がある

 

こんな感じで、結構面白い要素が満載なイメージでした。個人的にとても楽しいというか、ただなんの変哲もない場所に変化をもたらしてくれるというか。そんな感覚がありました。

 

位置ゲーにあったリスクの解消

このアプリはヘッドホンやイヤホンをつけていないと起動しない上、バックグラウンド再生でも問題なく展開していくので、

今まで位置ゲーの問題として指摘されてきた「強い没入感」や「歩きスマホ」の点がいくらか解消される良さがあるんじゃないかなって思います。

そういう意味でもこの技術は非常に重要なのではないかと考えています。

 

まとめ

とても面白い内容で先進的な技術も使われているように思いました。

個人的には正直有料版でも買いたい。買いきりなら2000円まで、月額なら300-500円程度までなら出してでも使用したい……。

なので、是非今後リリースしてもらいたいです。めっちゃ楽しみに待ってます。

 

AELUの公式Twitterはこちらです。

twitter.com

顔を隠して歌い、静かに聴く amazarashiというライブの形

こちらは、 今年行ったライブ・舞台 Advent Calendar 2018 12月20日分の記事です。

 

さる11月16日に、amazarashiの武道館ワンマンライブ「新言語秩序」に行ってきました。今回はamazarashiの独特のライブの形について少し触れた上で、今回参戦した武道館ライブの感想も少し書きたいと思います。 

www.amazarashi.com

開演19:00 ~ 終演21:30 / 全席SOLD OUT / セトリ17曲+朗読4本 /

 

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amazarashiとは

青森県出身/在住のバンド。ボーカルとキーボード(+サポートメンバー)構成。主なタイアップ曲は東京喰種のED「季節は次々死んでいく」や、ヒロアカのOP「空に歌えば」、ダイドーのコーヒーのCMソング「フィロソフィー」等。今回ははじめての武道館でのワンマンライブになりました。

 

amazarashiのライブ

まず特筆するべき点として、amazarashiはライブで顔を出しません。ライブの際にはバンド全体を薄いスクリーンで覆い、そこに曲のイメージムービーを流しつつライブをします。また、MCもあまり多くなく、ひたすら歌います。

そしてファンの方も静かに聴きます。曲の合間に拍手が挟まる程度で、曲に合わせてノるということがありません。

こんな感じです。

 

この"スタートライン"の先、特にこのライブがすごかったこと

もともとのライブの形自体が一線を画すこのバンドが、武道館で何をしたのかといいますと。

まず、事前登録制のアプリが提供されました。アプリ内ではこのライブのために作られた世界観によせた小説や新曲のMV、コンセプトアート等が配信されており、ライブの開始前から楽しめる仕組みに。また、事前登録ではチケットに記載された席番号を打ち込む形になっており、あまりの異様さに「なんだろう……?」とどよどよ。

登録すると、「スマホのバッテリーを30-50%食うと思うから覚悟しといてね」の文字。

ファッ!?ほんとになにをするんだ……わくわくしつつ、現地に到着。

 

開演前のアナウンスでは、「アプリの特定の画面を表示したまま聞いててね」「アプリに表示が出たらスマホをスクリーンに向けてね」の声。ほんとに何が始まるんだ……。

これで実際、開演前に何が起こったかと言いますと。

光りました。

登録した席番号に対応した形で、曲に合わせて光るスマホのフラッシュライト。超圧巻でした。やばすぎる。

たとえばライブでするウェーブのようなことが、スマホのフラッシュライトで再現された形になります。この仕組みって、たとえばライブになかなか行かないファンの方がひょいとライブに行ってみて、コール等を知らなくても、疎外感を感じずに済む仕組みなんじゃないかなって思います。その点でとてもいいなって思いました。

スマホのフラッシュライトだけでめちゃくちゃ明るくなる武道館。なかなか見れない光景でした。すごすぎるとしか言えない。

思えばこのバンドの性質として、360度スクリーンを展開しているので、武道館内で使えない席がないんですよね。それで全席ソールドアウトしたって話なので、ほんとすごいです。 

 

まとめ

もう、すごいことやりすぎてて、めっちゃびっくり。そして最高でした。語彙力が失われていく……。でもこれは確かに何か、音楽やライブの概念に新しい扉を開いたと思います。今後こういう取り組みをするライブが増えていったらと思うと楽しみです。

また、他にも音楽系のメーカー等数社がこちらの武道館ライブのレポートをあげておりますので、もっと気になる方がいらっしゃいましたら検索してみてください。

 

短いですが、以上です。ありがとうございました。皆様が来年もよい音楽と空間に出会えますことを、お祈りしています。

目が見えなくなったのでPCでゲームをしだした1年間の話

こちらは、 PCゲーム Advent Calendar 2018 の12月19日分の記事です。

 

時深と申します。現在23歳です。自分にとってここ1年がPCゲームに深く触れた年だったので、自分がPCゲームに触れたきっかけとか、PCゲーム環境の変遷とか、個人的に続いたゲームとかの話をしてみようと思います。

本当に個人的な思い出話だったり自分語りだったりしますので、それでもよろしければご覧になっていってください。

 

さっくり年表

2017年09月: 白内障の診断を受ける

   12月: Steamでゲームが贈られてくる

2018年02月: 白内障の手術をする(右目のみ)

        ゲーミングPCにする

現在に至る

 

元々の自分とゲーム

やるゲームといえば、ゲーセンにある音ゲー全般と、スマホ位置ゲー。あと少しソシャゲとか、PCのブラウザゲーとか。

ただPSPとDS、Vitaは持っていて、モンハンとかも昔ちょっとだけやってましたが、すぐできなくなってしまいました。ぷよぷよとかがずっと続いたりして。

据え置き系ハードはあまり持っておらず、唯一持っていたPS3も早々に友人に譲り。持っていたころにはアーマードコアアルトネリコをプレイしていましたが、当時の恋人の好みだったり、好きな歌手が出ているからだったりして、あまり家でやるゲームには興味がありませんでした。

 

送られてきた一本のゲーム

私は2017年の9月に白内障の診断を受け、緩やかに両目が見えない状態にありました。初めての目が見えないという体験に戸惑い、いかに自分が目に頼っていたのかということを知り、打ちひしがれる日々。あまりにも気持ちが不安定で、お酒を多めに飲んだり、夜中に外をふらついていたりしたピークの、2017年12月のこと。

ネット上で偶然通りすがった方が、私の状態を聞き、「一緒にやろうぜ」と、Steamで一本のゲームを贈ってきてくれました。それが「7 Days to Die」でした。

store.steampowered.com

これが私の、PCゲーム沼に引き込まれたきっかけになります。

 

当時持っていたパソコン

しかし、私が当時持っていたパソコン、なんとSurfaceでした。Surface pro 4です。パソコンもプレイヤーの人体環境もゲームに追い付かないという皮肉な状況。

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撮影: 2017.12.27

こんな写真が残ってました。

それに、仕様上Surfaceは外付けアダプタを使わないと有線LANが通せないので、回線もやばかったです。

 

でもとりあえずそのままやってみた

「わかんないよ~~~」「みえないよ~~~~」「ゲームが落ちた!!!!!!」

とか言いつつ、泣きながらプレイしてました。

贈ってくれた方は

「うるせえ!!!!!!」「やるんだよほら!!!!!」

と、キレ倒しながら一緒にプレイしてくれていました。

 

上記で説明した通り、私自身こういったゲームに不慣れだったせいか、性質上のことも相まって「分からない」とパニックになり、それでもゲームをプレイしを繰り返していました。今考えてみても、一緒にプレイしてくださってた方は、とてもじっくり関わってくださっていたと思います。ありがたい限りです。

 

なお、こんなパニックと無知の果てに、私が怖がって拠点からなかなか出たがらないせいでめっきり使えないので、一緒にプレイしていた方がなんとかゾンビを殺して一通りそろえて拠点へ戻ってきたと思ったら、ガラスを拾ったらしい私が何もわからず操作を間違えてガラスを食べてしまい、いつの間にか拠点の中で死んだことがありました。一緒にプレイしていた方は「あんなに絶望的なことはなかった」と長くネタにしていました。

 

相手をすり抜ける弾丸、ポリゴンレベルの恐竜

その後、一緒にプレイする仲間も増え、Steamで立て続けにゲームをやりはじめることになります。

ひとまずみんなでやろうと真っ先に買ったのが、Rainbow Six Siegeでした。

store.steampowered.com

そして当時何も考えず、Starter Editionを買ってしまったのです。オペレーターがFUZEとSMOKEしかない。まあオペレーターの概念を何にも知らなかった頃はとりあえず新兵を選んでいたので良かったんですが、プレイし始めて1年経った今になって、じわじわきてます。つらい。

あと、スペック的にSurfaceでも一応動きました。一応です。しかしとにかく回線がやばいこともあって同期ズレが激しく、相手をすり抜ける弾丸。FPSの意味とは。敵が殺せない。テロハントですらまともにできない状態でした。

そもそも今考えてみると、こっちは目が見えないって言ってるのにみんなFPSやらせてるんですよね。

 

また、次にプレイすることになったのが、ARK: Survival Evolvedでした。

store.steampowered.com

スペック追い付かないっていってんでしょおおおおんなあああああ!!!!!!!

って感じです。グラフィックを最低レベルにしても動かない。恐竜がもうまじでポリゴンみたいなのに、ゲームが落ちまくる。そして相変わらず私は色々な意味でゲームができない。つらい。

 

Surfaceは使えん」

そう揶揄されからかわれ、でもなんだかんだ一緒にゲームをしてくれる仲間たち。

そりゃあそうです。Surfaceはもともと、こんなに本格的にゲームをするためにできているものではない。私はこうなる前に、絵をかいたりを楽しくしたくて憧れてて、とうとう念願かなって買ったのが、このSurfaceでした。

それをこんなにぼろぼろにからかわれ、……もうキレ倒すしかない。

 

手術直前にゲーミングPCへ

まとまったお金が入る予定ができたので、予算を25-30万と決めて、ゲーミングPCを買うことに。当時の私は目は見えないままだったけど(右目の)手術の予定もしっかりしていたし、とにかく「使えん」と言われてキレ倒したテンションだったので、スペックを人に相談しつつ、できる限り最高のものを組みました。

 

メーカーは知人のPCに合わせてG-Tuneにして、結果このように変わりました。

 

【以前】Surface pro 4

CPU: Core i5 -6300U

メモリ: 8GB

グラボ: Intel(R) HD Graphics 520

回線: 無線

 

【現在】G-Tune ミドルタワー

CPU: Core i7 -8700K

メモリ: 16GB

グラボ: GeForce 1080 Ti

回線: 有線

 

ちなみに、メモリも24GBにしようとしたら、当時メモリが高騰していて予算オーバーしたのと、ゲーム仲間から「いや、そこまでせんでも……悪かったよ……」と何故か謝られたので、16GBになりました。これでだいたい27万くらいです。

 

本格的にプレイするようになって

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2018.12.19現在のSteamライブラリ

全然なかったSteamライブラリがこんな感じになりました。
スペックもPUBGが大丈夫なレベルになってるし、回線もちゃんと整備したしで、だいぶストレスなくプレイできるようになりました。

 

これが、ゲームをするようになってから現在までの、約1年間の話です。

 

好きなゲームを書き連ねてみる

 ゲームをしてみて気づいたこと等は、以前まとめておりました。

polasleep.hateblo.jp

とりあえずやってみて個人的に面白いなって思ったSteamゲームを書き連ねてみようと思います。

 

Rez Infinite

store.steampowered.com

2,999円 / 1人用 / VRあり / 音楽・シューティング /

特殊な知覚現象として確認されている共感覚をコンセプトにしたゲーム。2001年にプレイステーション系列で発売されたRezの高解像度/拡張版で、PCにもやってきた。

VRでやりたくなる。独特の世界観と、音楽をつくりあげていく感覚がある。

 

OVERKILL's The Walking Dead

store.steampowered.com

3,290円(Starter Edition) / 1PT4人まで / ゾンビ・アクション /

ご縁があってBeta版を少しプレイさせていただいた。WAVE制になっていてめちゃくちゃプレイしやすい。ゾンビは音もなくやってくるけど、UI的な補助が入っていて分かりやすい。

 

Plague Inc: Evolved

store.steampowered.com

1,680円 / 2人まで / シュミレーション /

世界にウイルスを感染させていくゲーム。スマホ版もある。国によって性質が違ったり途中から治療されだしたりするので、シンプルだけど結構奥深いイメージ。マルチプレイでは2人で世界を滅ぼす協力プレイと、どちらが多く人を倒せるかを競う対戦プレイがある。

 

Melty Blood Actress Again Current Code

store.steampowered.com

2,480円 / 2人まで / 格闘 /

中学生の頃、地元のボウリング場においてあった格ゲー。懐かしくなってやってみたけど本当に懐かしい。型月作品のひとつ。Fateとか月姫とか空の境界とかが好きな人はやってほしい。吸血鬼なりなんなりの"人の形をした異形"が戦い合う。

 

Robocraft

store.steampowered.com

無料 / 1PT5人まで / 建設・対戦 /

自分だけのロボットを作って戦わせるゲーム。無料で手軽で、カスタマイズ性も結構あって楽しい。なんかとりあえずフィールドにきたらガサーって下りてベベベベベwwwwwって打ち込む感じのやつ、という認識。

 

おまけ

www.cataract-iol.jp

こちらで白内障の物の見え方のシュミレーションをしてます。だいたいこんな感じでゲームしてました。興味がございましたら見てみてください。

 

まとめ

環境が揃うとめっちゃ楽しくできる

 

以上です。長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

何かございましたらTwitterまでどうぞ。フォローやゲームのお誘い、Steamのフレンド追加も歓迎しております。

皆様が、来年もよいゲームライフを送れますように。お祈りしております。

今までを振り返り今を話すとだいたい2000字くらいになった

こちらは 人生 Advent Calendar 2018 の、12月18日分の記事になります。

時深と申します。2018年現在23歳です。北国の地方都市に生まれ、今もここで生きています。

 

わたしの過去

幼稚園は登園拒否。小学校から高校まではいじめに遭うというか、クラスで浮いている。見るからにやばい人間で、「触れたらやばい」人間のような様相。中学校では不登校。14歳の頃にアスペルガー症候群の診断を受けるも、両親が私に診断を伝えることはなく。

高校卒業後すぐに就職。しかし失敗し、うつ病からの無職に。19歳で出会った方とお付き合い。21歳で同棲の折に、相手の方から発達障害の可能性を指摘され、医療機関にてアスペルガー症候群ADHDの診断の申告を受ける。22歳で白内障になり、2018年のはじめに右目のみ手術を受ける。現在も左目は見えないままだ。

 

わたしの親

声が大きくせっかちで、よく酒を飲み逆ギレを起こす父親と、自身を開き直りつつも家族に世話をかけたくて、でもその実力がないと嘆く母親に生まれた。どちらもひどく不器用だ。加えて二人とも高齢で、もう何かを変える気力などない。

私は幼いころから、言い合う両親の間に勝手に入って言葉の通訳をしたり、声が大きくて怖い、喧嘩をしないでと泣きながら止めたり。そんな感じだった。

 

父も母も、私のことは好きらしい。

でも私は、父の声が苦手だ。母の頼りにならないところが苦手だ。

でも私は、父が幼いころ連れて行ってくれた仕事場での風景と、芸術家としての仕事ぶりが好きだ。母の友人のような気軽さと、時々一緒に行く映画館が好きだ。

 

困った時、頼れる人はいないけれど。

 

わたしの事

ご飯を食べれば、一口食べるごとに部屋を走り回り、戻ってきてまた一口。そんな落ち着きのなさを見せ、小学校低学年の頃には一人で電車に乗り県外の親戚の家へ。気になることの方に気が向きすぎ、名前を呼ばれても返事もしないことが多かった。

そんな私を見て、早々に「コントロール」を諦めた両親から、

「犯罪にならなければ何をしてもいい。ただしその責任はお前にある。」

そんなことを言われた。まだ私が1桁の年齢の頃だった。

中学生の頃、とある性的な言葉の意味が分からず、友人と二人、先生に聞きに行った。やんわりと教える先生、察する友人。私はよく分からなかったので、大声で使った。慌てる先生、離れる友人。そんなこともあった。

「悲劇のヒロインでいたって何にも面白くないし、助けてもらえないよ?」

そう言われてここまで来た。

 

でもこんなんでも、中学から高校までの6年間、ボランティアをやった。バンドでドラムをした。色々なデザインをやってみた。イベントの運営をやってみた。お化け屋敷でお化け役をやってみた。朗読をやってみた。講演をやってみた。ボイスドラマをやってみた。コミュニティの運営をやってみた。トランポリンをやってみた。ピアノをやってみた。カホンを叩いてみた。ラジオ配信をしてみた。動画を作ってみた。音声を編集してみた。お泊まりをしてみた。よく一人で色々なところへ行った。絵を描いてみた。文章を書いてみた。食べ比べや飲み比べをやってみたりもした。

音楽、ゲーム、映画、読書、創作、……色々なことが今も好きだし、今も突然「二郎系ラーメンを再現してみたい!」と言い出して、材料を一式買い込んでくるような人間である。

 

わたしの中

死にたいと思ったことは数多く、生きたいと思ったことはない。"楽しい"という感覚は知っている。きっと誰もが、私の不可解ぶりとめまぐるしさに目を回し、鼻をつまみ、諦めたのだと思う。だから基本的に原因は私にある。

申し訳ないと思いつつ、返せるものもなく。しかし知的好奇心は止まらず、目の前の事は楽しく。興味のないことや納得できないことはひどく不出来なので、そのあたりの発想を転換させることで、ぎりぎりやり過ごしたり、やり過ごせなかったり。

今も自分の行動の理由を説明できず、他者からすれば、いつまでもつじつまが合わない人間である。だがよく笑うし、ひとの話を聞くのは大好きだ。

よく「嬉しい」と思う。よく「ありがたい」と思う。そういうのは素直であった方がいい。思った時にすぐ伝えた方がいい。だから何の脈絡もなく感謝することがある。加えて話せば話題がよく飛び、気になったものがあるとそっちに走っていってしまうので、友人や関わる人は私に戸惑うばかりだ。

 

わたしの核

価値観として、自分のものが絶対だなんて思えない。それを押し付けることもしたくない。押し付けは期待であり、期待通りでなかった時には、怒りに繋がる。きっと私は特にそうなりやすいだろう。だから、「ひとに期待しない」に至った。

何が起こるか分からないこと、目測がつかないことは怖い。だから「とりあえずやってみよう」にたどり着いた。いつまで生きることになるのかが分からないのも怖いので、今はとりあえず30歳になったら死ぬことにしている。失敗もひとつの経験で、物事に"あたり"をつけるサンプルのひとつになるから、「失敗する経験」も楽しい。

これからもきっと変わらない。とりあえず今は、ネガティブを礎にしたポジティブと、思考停止のない今を目指し続ける。

発達障害という名の"一つの解"を得て

この度、 発達障がい Advent Calendar 2018 12月10日を担当させていただくことにしました。

私は当事者として診断を受け、自覚してから現在までについて、個人的にさっくりと振り返ってみようと思います。よろしければお付き合いください。

 

さっくり自己紹介

年齢 / 性別: 23歳 / 女

診断名: ASD(自閉スペクトラム症) / ADHD(注意欠如多動性障害)

検査済: WAIS-Ⅲ / WISC-Ⅲ / 感覚プロファイル

制度等: 障害者手帳 / 自立支援医療制度 / 等

 

14歳でアスペルガー症候群の診断を受けるも

私の場合、不登校を経てあるきっかけで心療内科にかかった際、アスペルガー症候群(現自閉スペクトラム症)の診断を受けました。しかし、先に診断の事実を聞いた両親が私に告知しないことを選択し、私自身でその診断を自覚することになるのは、7年後の21歳になってからとなります。

 

18歳で就職に失敗

診断を自覚しないまま18歳、高卒で就職しますが、仕事の覚えが悪く、職場内の人間関係がうまくいかないこともあり、わずか数カ月で退職。一時的な適応障害うつ病の診断を受け、無職期間に入ります。

 

21歳で診断の事実が発覚

当時同棲していた相手が私の性質に気づき、「もしかして」と思い始めます。きっかけは、同棲相手が昔身内の発達障害を疑って読んだ「DSM-Ⅳ-TR」の内容を思い出したことからでした。

その話を相手から聞いた私は、相手視点での私の気になる言動について書面にしてもらいました。その後14歳の頃から通い続けていた心療内科に書面を渡して相談すると、すぐADHDの診断が下り、その際に、14歳の頃にアスペルガー症候群の診断を受けていた事実を自覚することとなりました。これが2016年のことです。

 

自覚して翌日からの情報収集

診断の話を聞いた翌日からすぐに、リアルやネットでのかかわり各所にて、診断のことを公表しました。と同時に、自分が使える医療制度や支援機関についての情報収集を開始します。

インターネットを主に、発達障害の基礎知識は発行の新しい書籍を何冊か購入することで勉強しはじめます。

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2017年1月(診断を受けてから4カ月程度)時点での障害関係の蔵書

この頃、この情報収集が功を奏して、開所して間もない発達障害者支援センターが地元にあることを発見し、無事に面談に行き始めることができました。その後障害者手帳を交付いただく等様々なことがありましたが、その辺は割愛します。

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2018年1月(診断を受けてから1年5カ月程度)から現在の障害関係の蔵書。二次障害関係のものも数冊あり。

 

診断を受けてから変わったこと(環境)

・当事者としての体験談を講演等で話す依頼をいただくようになった

・サングラスや耳栓を入手した

障害者手帳等の障害福祉支援制度を使わせていただくようになった

・支援センター等のかかわりが生まれたことで、働き方や生き方でとれる選択肢の幅が少し広がった

・友人等から「発達障害ってどういうもの?」「もしかしたら私も……」「実は私も……」「どういう風に対応してほしい?」等、相談が来るようになった

 

診断を受け、支援を受けてから自分について知ったこと

・様々な性質について、それらが「性質である」と理解した(ばらばらだった情報が一つにまとまった感覚)

・外的刺激には過敏だが、内的変化には鈍感であることに気づいた

 

診断を受けてから変わったこと(認識/内面)

・診断を自覚して最初期には「一生治らない」という言葉が重くのしかかって少し悲しくなったりした

・「自分はこんなに色々言ってもらえるレベルで 助けられていい存在だったのか」という驚きがあった

・何か問題があった際の判断材料の引き出しがひとつ増えた

・自分のことを説明するにあたっての、あくまでひとつの「言葉」や「タグ」(圧縮言語)みたいなものを手に入れたようなつもりでいることにした

 

当面の主な予定

・就労関係の調整

・内面の変化(体調不良や疲れ)の観測、休むハードルへの「あたり」をつける作業

・講演等への参加

 

今後需要があれば……

・情報収集の際に意識した工夫

・性質に対して具体的にとっている工夫

・診断を自覚してから現在までの気持ちの経過について

等含め、より具体的なことを話していきます。

 

以上です。ありがとうございました。さっくりとした振り返りでしたが、何か面白いと思っていただけたり、参考になるようなことがございましたら幸いです。

それでは、2018年ももうそろそろ終わりですが、来年もどうか、生きてお会いできますように。